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[ 桜のちから ]
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今日は、お花見。 利用者の方だけではなく、ご家族やご友人も参加された。 今年は全国的に桜の開花が早かった。 そのため、八重桜は花を付け、菜の花やたんぽぽなどを楽しむことができたけれども、 染井吉野桜などはすでに葉桜となっていた。
菜の花もたんぽぽも‘春の花たち’。 ただ、やはり日本人が‘春を感じる花’といえば、満開の染井吉野桜の様な気がする。 また、富士山や歌舞伎などと並び、海外からは日本イメージの代表ともなっている。
今までの活動経験上、人は満開の桜を前にすると、 まるで大好きなお菓子の香りを吸い込むように静かに深呼吸をして、素敵な笑顔を見せる。 そして、今の想いやそれぞれの思い出話をも伝えてくれる。
そんな力を満開の桜は持っている様に思う。 その点、今年の桜はは少し寂しさがあった。 けれども、それを補うかのように、皆で輪になり歌った童謡の一曲一曲は とても優しく皆の心に何かを残してくれたように感じ、嬉しさが残る一日となった。
2002/04/06(土)
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[ ホスピス訪問記:N緩和ケア病棟 ]
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ぽかぽか陽気の土曜日、神奈川県にあるN緩和ケア病棟を訪れた。
まず、少しユニークなボランティア希望者の受け入れ体制から。 ホスピスでの活動を希望した場合、最初の1〜1年半を週1回、外科のお茶サービスを行い、課題のレポート提出、スタッフの推薦、面接、認定を受け、初めてホスピスでの活動が許される。 ここでも最初はお茶サービスからで、同じくレポート提出などにより認定を受けて、次はベッドサイド。 その後、最終の傾聴活動の認定が受けられるという。
ホスピス活動を希望しても、外科活動から始まる体制だけでもユニークな印象を受けたが、その後の課程もやはり大変らしく、未だ傾聴活動の認定を受けた人はいないとのこと。 それだけ、ボランティアから利用者への影響を考慮し、大切にされている様子がうかがえた。
また、出会ったボランティアさんの感想から、この体制は利用者にとってだけではなくボランティアにとっても自分探しのきっかけにできるという印象を受けた。 普段何気ない生活を過ごしている者にとって、ボランティア活動を通して自分探しができるとは、なかなかないきっかけと感じた。
ただ、活動を通してというよりも、活動するまでの課程で時間的にも内容的にもかなり濃いプログラムが設定されているため、 希望の活動に至るまでに継続できないと判断するボランティア希望者もいるらしく、その点せっかくボランティア活動に関心を持ち、 行動を起こしたボランティア精神に対してとても惜しい気がした。
次に、緩和ケア病棟の様子。 1階玄関を入ると、礼拝堂、研修室、台所とリビングと続き、浴室、家族室など。 リビングには、絵画や折り紙など利用者の作品が並び、またスタッフ手作りの和風の池も見える。 池は水が静かに流れ込む作りになっていて、窓を開けるとその水の流れが心地よく耳に届けられる。 エレベータを上がって2階は、20床の個室、ナースステーション、談話室が並んでいた。 陽のさす個室には、ベッド、TV、トイレなどが備わっており温かく小綺麗な雰囲気。
しかしながら、家族やお見舞い客が訪れる病室のベッドは、孫などがのぼって一緒に寄り添えるスペースが望ましいと思うが、ここのベッドは体格の良い男性では、本人で一杯の印象を受けた。 また、ベッドとトイレの境がアコーディオンカーテンだけであり、歩行可能な利用者が一人の時や、排泄介助時には便利だが、家族やお見舞い客のいる時のプライバシー保護の点が少し気にかかった。
もう一つ上がると屋上となり、洗濯物が干されたり、ボランティアが苗から育てたという草花や山々を望みながらベンチに腰をかけたりできる十分なスペースが設けられていた。 鳶やツバメが頭上を飛び交い、都心からそう遠くもないものの、四季の自然豊かな土地であり、また駅から近いことは、利用者にとっても家族にとっても嬉しい条件の一つである。
全体的には土曜日のまだ午前中だったからか、ロビーで団らんする様子や廊下を歩く利用者たちに出会うことができず、その生活の様子を直接垣間見ることができなかったことが残念に感じた。
最後に、ボランティアを含め今日応対をして下さったスタッフ一人ひとりが、利用者側のQOL向上と維持のために日々自らの努力を欠かさず、またそのことに誇りを持っている姿にはとても感銘を受け、今回の訪問に参加できたことをとても嬉しく感じた。
2002/03/30(土)
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[ * ご 連 絡 * ]
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事情により昨年末から数ヶ月間、個人的にホスピスを含めるボランティア活動を休止していました。 その間、この日誌(過去5回分)は、ホスピスボランティア歴が私よりも長く、心優しい「K」さんが担当して下さいました。「K」さん、忙しい中ありがとうございました(^^)。
そんなこんなでそんな状況も少しずつ改善に向かい、明日から徐々にですがボランティア活動を再開することができるようになりました。 この日誌の舞台でもあるホスピスボランティア活動も来月から再開予定ですので、また更新していきたいと思っています。
色々とご心配頂いた方、応援をして下さった方…、本当に感謝をしていますm(__)m。 皆様、どうぞこれからも宜しくお願い致します(^^)。
2002/03/29(金)
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[ ティー・タイム ]
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3時近くになると、お茶VOの方達がいらして、ティー・サービスをして下さる。 ゼリー等、食べやすいおやつを作ってきてくださり、有り難く思っている。 そして、そのおやつを朝から楽しみにしている患者さんも、おられる。 それを、一人一人の希望に応じて入れて下さった飲み物と共に頂く時、心からほっとする。
私も手が空いている時は、手伝う。お部屋にサービスしたり、必要があれば、介助をする。 又、患者さんやご家族の方と一緒に、お茶を頂く事もある。 たわいのないおしゃべりをして、ゆったりと過ごすひと時が、私は好きだ。 お茶は、人と人を近づけ、楽しい気分にさせてくれる。 それは、心を込めて入れて下さった人の気持ちが伝わるからなのだと思う。(K)
2002/01/11(金)
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[ 富士山 ]
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天気の良い日には、病棟の窓から富士山が見える。見ているだけで、心がなごむ。 特に年配の方達にとっては、『富士山』は特別の思い入れがあるような気がする。 何人の患者さんと、この窓から富士を見ただろうか。皆さん安らぎに満ちたお顔で、富士を見ていた。 ただそこに存在するだけで、人の心を癒すなんて、すごい!と思う。
新春の清々しい空に、その姿を見せてくれる富士に感謝しつつ、「今年も多くの人の心が、癒されますように。」と祈った。(K)
2002/01/04(金)
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[ パッチワーク ]
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ホスピスの患者さんの中には、病状が安定し、長期入院となる方もおられる。 必然的に、ご家族の方も長い時間を、病院で過ごす事になるが、時間を持て余してしまうように見える。 Voの仕事(タオルたたみ等)を手伝って下さったりするのだが・・・・・。
そんなご家族の為に、スタッフがパッチワーク作りを考えてくれた。 食堂の椅子のクッション作りをして、気分転換になり、又食堂も彩られて、一石二鳥になればと。 そして、2月からパッチワーク作りが始まった。Dさんのお嫁さんと私とで、作り方を模索しながら、あーだこーだ言いつつ、 おしゃべりしつつで、一週間に1回1,2時間の作業であるので、中々進まず、時間がかかってしまった。
それが、この度Dさんのお嫁さんが、1作目を完成させてくださった。 一針一針丁寧に刺してあるパッチワークのクッションは、見ているだけで、心温かくなる。 それは手作りならではのぬくもりだ。 食堂の椅子全部に、このクッションが置かれたら、どんなに食堂の雰囲気が温かいものとなるだろう。(K)
2001/12/28(金)
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[ 『花』 ]
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ホスピスVoの仕事の一つに、花の水替えがある。最初の頃は、花瓶に挿してある形のまま、水を替えていた。 が、ふとアレンジがしたくなった。 実は昔、フラワーアレンジメントの仕事がしたいと思い、専門のスクールを卒業し、アルバイトだが仕事も経験した。しかし、違う道を選んだ。 それ以来、花をアレンジする事もなく、勉強した事は『無駄』だったと、長い間思っていた。 だが、花に触れているうちに、何かがはじけたような、ワクワクした気持ちになった。 (もっと、きれいにかざりたい、そしてそれで、皆が喜んでくれたら・・・・・。) そんな思いでアレンジした花を、患者さん・ご家族・スタッフ、そしてVoも楽しんでくださった。 それ以来、花のアレンジは、私の欠かす事の出来ない仕事となった。 ご家族の方が、『気分転換になるから』と手伝ってくださったこともある。 また、患者さんと一緒にアレンジした、楽しく、忘れられがたい思い出もある。
いや、思い出だけではない。ひと月程前から、Bさんと一緒にアレンジしている。Bさんは、お花が大好きな方で、 一緒にアレンジするのを楽しみにして下さっている。
今日は、Cさんにも声をお掛けすると、お顔を輝かせて、加わってくださった。若い頃に、少し生け花を習ったそうだ。 アレンジメント教室ではないので、自由に活けて頂く。そして、ちょっとしたアドバイスをして差し上げる。 すると、「あらほんと!とてもよくなったわ。」と二人共、子供のように素直に喜んでくださる。 出来上がった作品を「いいわねー。」「素敵ね!」と誉めあい、喜び合って、なごやかなひとときを終えた。
花を見るだけでなく、触れる事は、患者さんにとって、とても心弾むことであり、癒しなのだとつくづく感じる。 だが、一番癒されているのは、この私なのだ。 自分では、無駄だったと思っていた事が、生かされ、沢山の人が喜んでくださる・・・・・。 うれしくて、ありがたくて、感謝の気持ちでいっぱいだ。(K)
2001/12/21(金)
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[ クリスマス会 2001 ]
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12月に入ると、病棟は、クリスマスツリー、リース、手作りの飾り物、 踊るサンタの人形・・・・etcで、クリスマスムードがあふれます。その中で、クリスマス会は行われました。
患者さん、ご家族の方達で、食堂フロアはいっぱいです。 スタッフは、私服に着替え、患者さんもちょっぴりおめかししています。 ご家族が、いらっしゃれない患者さんには、スタッフが隣に座り、 又、お部屋で一人で過ごされている患者さんの所にも、スタッフが入っています。 Voが各テーブルに、お菓子・飲み物・食養科手作りのケーキ等をサービスします。
≪クリスマス会プログラム≫ 1 「牧師の話」 2 「全員で、『きよしこのよる』を歌う」 3 「患者さんへ、サンタからプレゼント」 名誉院長が、サンタに扮しているのですが、恰幅の良いおじいちゃまですので、本物のサンタにそっくりでした! 総婦長、婦長もかわいいスカートのサンタになって、一緒にプレゼントを渡しました。 4 「コンサート」 当日は、外来ロビーで『第9』のコンサートが行われる事になっていて、 それに出演するオーケストラの中の、フルートとバイオリン5名の演奏、ソリスト4名の歌によるコンサートを堪能しました。 5 「ドクターの挨拶」
『皆で共に楽しむ』事の素晴らしさをしみじみと感じた一日でした。(K)
2001/12/15(土)
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[ バス・ベット ]
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浴槽内に寝たまま移動できる入浴介助用具として、自動昇降装置ベッドがある。 活動内容に、次の入浴日のためにバス・ベッドをセッティングすることがある。 ワーカーさんたちと一緒に(おしゃべりをしながら)楽しくセットをすることが多かったが、最近はひとりで任されている(^^)。
で、今日もひとりでセットを済ませた時、ふとそのベッドに横になりたくなった。 でで、早速、横になった。 一言で感想を記すと、思った以上に天井から‘圧迫感’を感じた。2m50cm程の天井に対して、浴槽の高さが80cm。 通常ならば、たいして気にならない範囲だと思っていた。
まず、電信柱程の太さの水圧管や関連機材が天井から吊るされている。これは、利用者に視点を落としているため介助者には背後となる。 しかし、天井を向いて寝ている利用者にとっては、それらの大きく硬い雰囲気を持つ機械と直接向き合う視線となる。 また、利用者が入浴中に外を望められるように、足元が窓がわになるようベッドが設置されている。
しかし、実際に水平に横になると、足元を見られる姿勢ではない(天井しか視線を向けられない)。 試しに、上半身を45度起こしてみたら、窓は見られたが、残念ながら窓の外に安全のための1m程の柵があるため、よっぽどの晴天時ではないと外を見ていても、動かない窓と柵を眺めるだけとなる。 また、利用者には自分の全裸を複数のスタッフに見せるという、躊躇いや恥じらいを抱いていると予想できる。 そうなると、物理的だけではなく、精神的にも外を楽しむ余裕はないように感じた。
もちろん、限られた施設リソースの中で、どれだけ利用者の気持ちに配慮できるかは難しい課題である。 壁や戸よりも、ここの配慮の様に時々でも窓と向き合えるチャンスがあったほうが良い。 ただ、その数少ないプラスの機会だけではなく、(家庭のお風呂では見られない)天井に吊られた重苦しい機械を壁や天井、床などに隠すなど業者側の配慮や、天井を見ているだけでも楽しめる画や照明などの施設側の構想も、今後の大きな課題になってくると強く感じた。
p.s.近代的な温泉施設やホテルのバスルームは壁や天井でさえも、画や照明などとてもきれいで楽しい。 清潔感や落ち着きはもちろんだが、‘遊び心’を取り入れて見た目にも利用者を満足させ、長いスタンスで気に入ってもらえるような工夫が散りばめられている。 これらの一見全く異なった分野間の働きが、今後福祉や医療の分野でもなんらかのヒントにならないかしら・・・とも、帰り道に頭を過ぎった。
2001/11/03(土)
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[ 「おいッ!」・・・(^^;) ]
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とある利用者のお部屋を訪れたときのこと。 「サイドテーブルの上に置いてある、おせんべいをとってもらえる?」と依頼されて、袋に入った1枚のおせんべいを見つけたので、「はい。この‘鬼太郎(キタロウ)‘って書いてあるおせんべいですね^^」ってにこやかに答えたら…。
「…それね、きっと‘鬼太鼓(おにだいこ)’って書いていないかしら?(^^;)」と笑いを堪えて教えて頂いた…。
わずか数秒後、二人で大爆笑をしてしまいました…(^^;ゞ。
2001/10/27(土)
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[ 上げ底・箱ティッシュケース ]
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ここ最近、市販されている箱ティッシュの高さが低くなってきた。 コンパクトになってくれたおかげで、買い物の時は助かっている。 ただ、ホスピスにある箱ティッシュのケースは、以前ご家族の方が作成されたもので、従来のサイズのままである。 とても暖かいデザインなので、箱ティッシュがコンパクトになっても、そのまま使用されている。
唯一残念なのは、ペーパーが取りづらいこと。 最後の方になると、取り出し口に対してティッシュ箱の底が深く、(解りやすく少々オーバーに表現されたと思うけれども…)「指が吊りそうになる!」と利用者の方からお声があがった…(^^;。 で、考えた。題して‘ちょっとだけ、上げ底・箱ティッシュケース’。 名称もたいしたことはないけれど、実は仕掛けもたいしたことはない・・・(--;。
紙コップの底の部分から数cm残して、他は切り取ってしまい、低くなったコップを逆さにして、ケースの底に伏せて合わす。 その上に、コンパクト箱ティッシュを乗せれば、コンパクト箱の高さ通りなので、最後の1枚になったペーパーでも‘指を吊らずに’簡単に取ることができるようにした・・・だけである。
ただこれだけのことだけど、その利用者の方やワーカーさんから「おぉ〜!!」と誉められて、今日はちょっと得意な表情を持たせて頂いた(^L^;)。
2001/10/20(土)
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[ Re:イワシとマスカット ]
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日誌「イワシとマスカット(01.09.01)」に記載した、「ぶどうの食事介助方法」に対してアドバイスを頂きました(^^)。
―まず、乳児を対象に保育士をされている女性からのアドバイス。 ぶどうを半分に切って種を取り出し、皮ごと口に入れてあげて、皮を後から出してもらうという方法。
―次に、高齢者施設でワーカーをされている女性からのアドバイス。 ラップを使って皮をむいたぶどうを茶碗に集め、スプーンの背中でぶどうの種がとれる程度につぶす。 種は箸でつまみ出し、ゼリーのようにぶどうと汁とをスプーンで口へ運ぶ。
両方とも、「なるほど!!」と思いました。次の機会には、ぜひぜひ参考にさせて頂きます。 アドバイスを頂けて、とても嬉しいです(^^)。ありがとうございましたm(__)m。
2001/10/13(土)
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[ 国際協力 フェスティバル ]
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東京・霞ヶ関の日比谷公園で「国際協力フェスティバル」が催され、ネパール支援をしているボランティア団体の手伝いをしてきた。 お天気にも恵まれ、まずまずの人出(^^)。 アジアを中心に、普段各国の支援をしているボランティア団体が、支援理解のためのPRや個性溢れる工芸品の展示・販売などを行った。 世相を反映してアフガニスタンやパキスタン支援団体などを中心に各メディアでも、紹介をされていた。
今日この会場に集まっているボランティアの数を数えたら、すごい数になるだろう。 でも、そのボランティアたちの支援を必要としている人の数は、その何十倍・何百倍になるのだろう…?と考えると、 ふと何故か‘地球はひとつなのだ’と感じた瞬間を持った(^^)。…何故かしら…(^^;?。
2001/10/06(土)
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[ 『速さの違う時計』 ]
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ホスピス・ロビーにある本箱から、「速さの違う時計(星野富弘 著)」という画・詩集を見つけた。 そこでちょっと心惹かれた「すいせん」という詩をここでご紹介したい(^^)。
「すいせん : 幸せ という 花があるとすれば その花の 蕾のようなものだろうか 辛い という 字がある もう少しで 幸せ になれそうな字である」
2001/09/29(土)
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[ ‘愛する’ということ ]
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先週Vo活動を休んだ。 理由は、予想外の妊娠をした友人Aと会うためだった。
Aは私に、医師から妊娠を告げられた日にその事実を話してくれた。 数日後、未婚ながらも妊娠をとても喜んでいた彼と、産み育てる自信がないというAとの話し合いは、Aの気持ちを尊重する形で「結論」が出された。 Aは責任感が強い。産んだ後のことも考慮に入れての「結論」だと私は受け取った。
私は妊娠の事実を伝えられたときから、「(ふたりが話し合い)Aが納得した「結論」ならば、友人として全て受け入れるからね」とAに伝えてあった。 数日後にAから連絡が来て、会うことにした。 会った瞬間、この数日間でAが心身共に痩せ、疲れ切っていることが手に取るように伝わってきて、友人として、そして同じ女性として辛かった。 最初は「(出した「結論」に対して)何の迷いもない」、「彼がなんと言おうと、最初から(自分の中での)結論は出ていた」と気丈に振る舞っていたAも、最後には涙をこぼした。 理由として、ただ一言「(彼や胎児に対する)罪悪感かな・・・」とつぶやいた。 * * * そして今日。 活動に入ろうとしたとたん、以前このHPでも紹介をさせてもらったFさんの死を知らされた(日誌:2001.04.21「再会」)。 Aと会うために休んだ先週のことだった・・・。
一瞬、もしもいつも通り活動をしていたら、Fさんや旦那さんに付き添うことができたかも・・・。 今までのお礼とお別れを直接伝えることができたのかも・・・という思いが頭をかすめ、慌てて頭を振った。 私にとっては、AもFさんも旦那さんも大切な人。比較することはできないはずと思い直したから。
けれども、(Aのことは切り離しても)、正直先週の自分の不在を悔やんだ。 数年にわたりFさん夫妻と交流を持たせて頂いた。 そんなFさんの最期と、妻の最期を受け入れられない様子だったという旦那さんの今、そしてその事を「報告」として伝えられた私もショックを隠しきれなかった。
先週までFさんがいらしたお部屋が、とても広く感じた。 本来の活動前なのに、スタッフの配慮からすぐに休み時間を取らせて頂き、バルコニーの片隅でショックを受け入れようと風にあたっていた。 今まで3人で共有してきた空間を‘思い出’として受け入れるまで、ずっとその場に立っていた。 時間がかかった。 * * * 私がFさんと旦那さんに出会った当初、ふたりはとても仲が良かった。 一昨年、旦那さんはほとんど毎日Fさんを見舞い、お互いが好きな演歌をラジオで流し、優しく語りかけ、イベントにも参加し、食事介助や今までFさんに任せきりだった洗濯(洗濯機や乾燥機の使い方がわからない!と困っていた^^;)もこなしていた。 ただ今年の再入院からは‘仕事の都合’ということで、土曜日を含めて旦那さんの姿をホスピスで見かけることはほとんどなくなった。 入退院の途中にFさんは頭部手術なども行い‘長期戦’ということで、旦那さんにもかなりの疲労困憊の様子がうかがえた。 偶然旦那さんと会えたときは、私にとっても貴重で大切なコミュニケーションとなった。
Fさんしかいないお部屋に、私はよく顔を出していた。もう最初の頃のように、言葉での会話はできなかったけれども、好きな演歌を流し、手を繋いで話しかけていた。 話題は旦那さんのことが多かった。 なぜか、以前から旦那さんの話題を振るとFさんの表情が優しくなることを知っていたから^^。 3人で楽しくコミュニケーションをとっていた頃を思い出しながら、私はひたすら話しかけていた。
* * * Aの彼はAを愛している。 対して、Aは分からないという。 そんなふたりに起こった今回の「出来事」と、ふたりで出した「結論」。 そして、その後Aは中絶し、ふたりは婚約した。 けれども、Aの心はまだ揺れている。
* * * ‘人が人を愛するということ’。 こう言葉では一言で記せても、実際は複雑である。ひとりひとりがそれぞれの複雑さを持っているから、お互いの気持ちが触れ合うと、時にすれ違い、距離をおき、再び触れ合い、より複雑になっていく。
愛していても、愛していますという反応が返ってこない人。 愛されていても、それを受け止める自信を持てない人。 愛によって命を得ても、誕生まで至らない人。 愛がほしいと求めても、受け入れてもらえない人。 愛されているのか、不安を抱いてしまう人。 愛し続けられるのかと、自信が揺らいでしまう人。 さらに、愛し愛されていることに気が付いたときには、それを直接相手に伝える手段を失っている人…。
今回のいろいろな出来事で、様々な‘愛’のかたちは‘生’や‘死’ともリンクされ、普段から身近な人々に教えてもらっていることに気付かされた。 そして今、自分はどの様な‘愛’とどの様に向き合い、今後どう見つめていけるのか…。私の心も複雑である…。
2001/09/15(土)
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[ イワシとマスカット ]
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昼食に、焼き魚(イワシ)とマスカットが出された。 Kさん(女性利用者、70歳代)の食事介助を依頼された時、そのイワシを見て笑ってしまい、マスカットを見て悩んでしまった…。
まずは、微笑ましかったこと。 Kさんは点滴のためお箸を上手に持てないので、食べやすいように調理室でイワシの主な骨が抜き取られ、身もほぐされていた。 なのに、お皿の中のイワシには、頭もしっぽも付いていた。 通常胴体がある部分にほぐされた身が胴体の形に盛られていて、一見お皿にイワシが一匹乗っているように見えた^^。 ご自分で召し上がれないとしても、ほぐした身だけを山型に盛りつけるのではなく、 頭としっぽを残しておき合わせてお皿に盛りつけることで、今日のメニューは「イワシ」ということを一目でアピールできるし、 食欲にも繋げられる気がした。 栄養士さん、調理員さんたちのちょっとした気配りに、微笑ましさを感じた^^。
次に、困ったこと。 デザートのマスカットは1粒1粒が房から外されているものの、皮と種は付いていた。 皮ごと食べて、しかもご自分で種を出せる方ならば特に悩まなくていいのだけれど、Kさんは茶道を嗜むとても上品な女性…。
おいしそうなマスカットを前に、食事介助をする私が悩んだ理由は… 1、食べ物を(皮をむいたり種を出したりするために)直接手で触る必要があること。 もちろん、食事介助前には石けんで手と爪を洗い消毒もしているけれども、お箸やスプーンを介すことと異なり 抵抗を持たれる可能性が高いかなぁ感じたこと。 2、皮と種をとる過程で肝心のおいしい果汁も流れてしまいそうで、せっかくのマスカットを味わって頂けるかしらと思ったこと。
お互いの趣味の話に花を咲かせながら進んでいった食事時間も、一方で私はこの2点をどうクリアするかで頭を悩ませながら…、 マスカットへの時間は刻々と近づいていた。
が、その時、運良く(?)Kさんの娘さん夫婦がお見舞いに来られた。 そのため、私はマスカットに手を触れることなく、食事介助を娘さんにバトンタッチすることになった。 ・・・ホッとした・・・(^^ゞ。 けれども、もしもマスカットもVoの私が担当していたとしたら、自分はどの様に介助したのだろう?、 Kさんはなんと要望したのだろう?などと考えてしまい、今後の課題を1つ増やす結果となってしまった。
2001/09/01(土)
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[ Voの受け入れ体制 U ]
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学生の頃、サークルで少年院に遊び(見学)に行ったことがある。 講堂や学習室、作業所だけではなく、面会に来た家族と過ごせる家族棟から単独室まで見学させてくれた。 その後、院生たちと一緒にバレーボールや、雑談もした。
ゲーム中は、お互いボールを追うのに夢中になっていたけれど、ふとした時‘その場’を感じた。 例えば、ゲームが終わるごとに点呼を取られる少年達。 体育館の扉からボールが飛び出した時は、ボールを追っていた少年は扉内にて直立で待ち、教官がボールを取りに行く (私たちは自分で取りに行けた)など。
また同じ頃、大学の先輩がPSW(精神科ソーシャルワーカ)として勤めている、大きな精神病院にも機会があって見学に訪れた。 ここは‘メンタルケア’や‘心のクリニック’の様な、最近では町中でもよく見かける比較的身近な精神医療施設とは異なり、 強度の自傷・他傷行為の恐れのある人が長期入院もできる体制が整えられていた。 正直、奥に案内をされればされるほど、未知の世界に進むようなドキドキした思いは、今も忘れてはいない。
なかでも、鉄壁が2重になっている扉(過去に実際に使われていたもの。 現在は人権問題などにより施錠はされていない)、外鍵が2つ付いたドアのある部屋が並ぶ廊下。 廊下を歩いていると聞こえてくる利用者の声、給食用の小さな扉から覗く瞳。
確かに、ホスピス同様、少年院や精神病院の利用者に対しても、見学者による‘気持ちの揺れ’の配慮は必要である。 院側がそのアフターケアができなければ、見学者を受け入れるべきではないし、見学者側も単なる興味本位ではなく、 事前学習の意欲や守秘義務の知識などは必要である。
その上で確かだったこと。 関係者から説明を受け、実際に自分の目で施設を見て、利用者と直接触れ合ったことは、今まで持っていた一方的な視点からではなく、多角的に‘現実’を知ることができ、時事問題なども含めて学生なりに、より強い関心を持つことができたこと、 社会人となった今もその気持ちは継続されているということである。
そして、少年院へ行ったメンバーからは、少年院教官を志す者。精神病院の見学メンバーからは、PSWやMSW(医療ソーシャルワーカ)を目指す学生が出たことも事実である。 彼らにとって、これらの‘現場見学’という経験が、自分との‘相性’を確認できた場となり、 将来進みたい道に出会うきっかけになったともいえる。
2001/08/25(土)
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[ Voの受け入れ体制 ]
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ホスピスは一般的に、利用者の「家」として捉えられているため、利用希望者・家族以外の見学は認められていないところが多い。 私は、今活動しているホスピスを自分で決めた。いくつかのホスピスの募集・研修などへ参加して回り、自分に合ったホスピスを選んだ。
Voといっても、やはりある程度長い期間の活動をしようとすれば、‘相性’が大切になってくる。 例えば、通う距離(時間や交通費)、Voの受け入れ体制(院側の取り組み姿勢、活動内容など)はもちろん、 パンフレットや過去のビデオ、スタッフの説明だけでは得られない、自分で直接感じ取る‘院内の雰囲気’や‘利用者やスタッフの表情’なども1つの目安となる。 生き生きとした表情と雰囲気を好むVo希望者もいれば、逆に‘活力’を感じなかったホスピスにおいて、 自分が新しい風(改善)となれるよう意欲を持つVo希望者もいる。
しかし、最初に記したようにVo希望者では、‘決定’して活動日までは病棟はもちろん、空き室の見学もさせてもらえないところが意外と多い。 ホスピスの定義には、Voはスタッフとして位置づけられている。 Voのいないホスピス、Voが定着しないホスピスというのは、欧米ではホスピス経営自体がなりたたないといっても過言ではない。 もちろん、「家」としてのホスピスは、利用者や家族へのプライバシーややすらぎの場の提供、安全性などの配慮は不可欠。
ただ、例えば空き室見学やイベント時の開放などにより、Vo希望者が自分にあったVo活動先を選択できることが、 Vo希望者及びホスピスそして利用者・家族にとって、よりよいVo活動結果に繋がる可能性が高いということを、 ホスピス側でも検討・認識してもらい、早く日本でもこの流れが定着していってほしいと感じている。
2001/08/18(土)
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[ 表札 ]
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ここのホスピスは、二人部屋と一人部屋がある。それぞれ、入口のところに表札が付いている。 私はたいてい活動前もしくは活動中に、ホスピスを一周して一部屋一部屋の表札を確認する癖がある。
ここは他の病棟以上に‘引っ越し(部屋・ベッド移動)’をすることが多いと聞いた。 二人部屋の場合は、窓側と廊下側だけでも、見える風景や、日光の当たり方が変わってくるので、利用者の方も気分転換できる。 また、部屋の位置関係は「L」字型なので、お部屋によっては全く異なる風景を目にすることもできる。 それに、症状によってナースステーションとの距離が考慮され、お見舞い客が多い利用者には広さや他部屋に対する話し声などへの配慮もされる。
ただ、私はこの‘表札確認’をする時は、ちょっとドキドキしてしまう。 ホスピスを一周しても気になった方の表札を探せないときは、もう一周する。 それでも、見つけられないときは、慎重に歩調を緩めて更に一周する。 私はおっちょこちょいのため、3週目にして探し当てられたときもあった(^^;)。 ただ、それでも見つけられないときは、スタッフに表札が見あたらない理由を確認する。 一時退院をされている時もあるし、在宅に切り替えられている時もある。
ただ、時にはもう会えない理由のこともある。 そんな時はそっと一人になれる場所を探し、少しの間自分の心境にあった時間を、私は静かに過ごさせてもらっている。
2001/08/11(土)
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[ 働きざかり 続編 ]
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Lさん(男性利用者・50代)の奥さん(50代)とお話しをする機会があった。 色々なお話しをして下さった。遠くに嫁いだ娘さんが協力をしてくれる話し。お孫さんのかわいい笑顔の話し。飼っている犬が手術後のLさんの心を和ませてくれた話し。 そして以前より、Lさんの定年後には夫婦二人でのんびりと暮らす計画を立てており、他県にその家を建てたところで、発症したことなども話して下さった。 お話しを直接伺っている段階では「Vo」としての自分がいたけれども、 その後は、やはり段々と「子ども」としての立場で耳を傾けていた自分を感じた。
「人生は思い通りにはいかないものね」と、奥さんが一言。
若い世代では、受験・就職・結婚など人生の節目に関する挫折時に、ついこの言葉を口にしてしまうことが多い。 けれども、段々と年齢を積み重ねていくうちに、やり直しのきかない「死」という意味合いも徐々に増えてくる。 そして子どもや孫がいる時は、本人や夫婦だけの問題ではなくなり、家族、親戚、そして地域などが加わる機会が増えてくる。 現段階から、息子夫婦から申し込まれている同居ではなく、本来Lさんと一緒に住むはずだった家に自分一人で住む選択を冷静に考慮されている奥さん。 悲しんでいるだけではいられない家族の現実を、目の当たりにしたような気がした。
2001/07/14(土)
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[ 働きざかり(7月7日分 part.2) ]
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虚ろな目で点滴をつけたまま、ゆっくりと廊下を歩き続けるLさん(男性利用者・50代)。 ロビーにある冷蔵庫の前で扉に手を掛けては、力が抜けては外れる動作を繰り返していたので、しばらくその様子を見てから、 「何かお手伝いをしましょうか?」「冷蔵庫を開けますか?」と尋ねてみたが、特に返事はなかった。
さらに同じ動作を続けるので、近くのスタッフに確認をとってみた。 ここホスピスには、年齢的に痴呆も持たれた方が時々いらっしゃるが、Lさんは痴呆ではなかった。 普段はコミュニケーションも取れるが、ある物質の血中濃度が高くなると、 上記のようにボーとしてしまい、ご自分でも言動のコントロールがとれなくなるとのことだった。 Lさんは、ここに来るちょっと前まではバリバリの会社人。 ベットサイドには、お元気だった頃のLさんや家族の写真が飾られていた。 かわいいペットや愛らしいお孫さんにも囲まれて、とても表情が優しくほほえましい写真だ。
お茶の時間。 お茶担当のVoさん(月1回の活動)が、Lさんがベットサイドでボーと立っていて、 お茶の注文確認にも返事をされないということで、その様子に驚き‘様子がなんだか違う’と慌てて廊下に出てきた。 ちょうど廊下にいた私が、先程スタッフから聞いたことを簡単にそのVoへ伝えたら、安心した表情に変わった。 やはり、月1回や週1回のVo活動では、それぞれの利用者の状況を自然と把握することは難しい。 スタッフからちょっとした助言があるだけで、‘自分や他人の普段の様子’と比較するのではなく、 ‘その人自身の普段の様子’と何が違うのかを知ることができる。 そうすれば、Lさんがボーと廊下を歩いていたとしても、私たちVoの心境や対応も随分と適切になるのではないかと感じた。
最後に。 その後、Lさんのお部屋を訪れた際に、まだはっきりと焦点の合わない目でLさんがぼそっと何かを言われた。 聞き取れなかったので、「えっ、何ですか?」と尋ねてみたら、とても小さな声で「お母さん・・・」と呟かれた。 何度か、同じことを呟かれた。 ちょうど一緒にいたスタッフが、「あぁ、奥様のことね。あとで来られるようですよ」と優しく答えた。
私は、ちょっとショックだった。 意識がはっきりしていない状況で、自分の言動もコントロールできない状況で、50代の男性から呟かれた一言。 働き盛りのLさんに、優しく支えている奥さんの様子が、写真からも容易にイメージできた。 年齢的にも、つい自分の父と母のイメージとだぶってしまい、‘Vo’としてよりも‘子ども’の立場として捉えてしまい、 ほほえましいというよりも、ちょっとしたショックを受けてしまった。
2001/07/08(日)
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[ 七夕 ]
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先週より、Voやお見舞いの子ども達で七夕の飾りを短冊や折り紙などで作った。 今日は、あいにく曇り空で天の川は見られなかったけれども、 スタッフを始め浴衣姿の参加者も多く、皆で七夕の歌を歌い、織り姫と彦星との逸話の語りもあって、七夕らしいステキな雰囲気を最初から感じられた^^。 その後、甘いとうもろこし、真っ赤なスイカを食べながら、花火も楽しめて、柔らかな団らんの時が流れた。 短冊に書かれた皆の願いが、かないますように・・・(-A-)。
2001/07/07(土)
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[ 「声」 ]
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私がその利用者の「声」を聞いたのは、偶然のことだった。 来週の七夕準備のために廊下でNsを待っていた時のこと。
Qさん(利用者)のお部屋から、その「声」は聞こえてきた。 「そう、うん、そう、もう嫌だ。1日1日ごとに自分でできていたことができなくなる」 少し間をおいて、 「今、葉書を書くのも、葉書、ペン、切手と1つ1つスタッフの人に頼んで、とってもらわなければいけない」 「そう、そのうち字も書いてもらうようになるのかも・・・」 最初はQさんがお見舞いの人とお話をされているのかと思ったけれど、相方の声は聞こえない。 相づちの仕方からも、電話で誰かと会話をしていたのだと思う。 耳をすまさなくても、Qさんの声は廊下に大きく漏れていた。ただ、長い廊下には私しかいなかった。 私は反射的にその「声」が聞こえない場所に移動したいと思った。 けれども、Nsと待ち合わせていたので勝手に移動できなかった。 「どうしよう・・・」これが最初の感想だった。
Qさんはたぶん電話で誰かと話している。本来は聞いてはいけない話。 でも、なんだか誰かに聞いてもらいたいような「声」にも聞こえた。 それも、電話の相手ではなく、ここホスピスにいるスタッフなどの誰かに・・・。 Qさんの声は、何かを訴えているように感じた。 Qさんの声からは、悲しみやうろたえ、恨みや不満ではなく、辛さを感じた。 Qさんの声は・・・ ・・・こんな感じで、考え始めてしまった私は、Nsとの約束よりも、 (勝手に想像してしまう)Qさんの‘思い’よりも、自分に正直な方向へ足を進めていた。 それは、立ち止まってNsを待つのではなく、Qさんのお部屋に近づくのでもなく、Qさんから離れて「声」が聞こえない場所への移動。
決して、Qさんの「声」が嫌だったのではない。 もしも、私がお部屋を訪れている時に話されたとしたら、私は椅子に腰を掛けて耳を傾けていたと思う。 ただ、今回は状況が違う。盗み聞きに近い後ろめたさもあった。 たとえスタッフの誰かに聞いてほしいと、あえてQさんが声を大きく話されていたとしても・・・確信はないし、 興味本位に人の電話の話を聞き続けることはしたくない。 それに、今回の1番大きな理由は、(上記のように)ただ下手に自分勝手な想像・解釈をしたくなかったという点。
・・・本来、私はどの様な行動をとればよかったのだろう? Qさんに会いに行く? スタッフに感じたままを話してみる? それとも、勝手な解釈は省き事実だけでも、守秘義務内でスタッフに伝えるべき? ・・・色々なことを考えながら、結局私はVoとして自信の持てる答え、人として責任の持てる答えを探し当てることができなかったし、 今も探し当てられないままでいる。
*** 今回は、男性・女性の違いを出さないために、なるべく言葉の意味をそのままにして、表現方法を一部訂正して表記することにしました。ご了承下さい。
2001/06/30(土)
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[ ステップ ]
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ホスピスへは電車を2本とバス(or徒歩)で行く。 乗り換えの電車をホームでぼけーと待っていると、小さく「おねえちゃん・・・」と聞こえた。 また「おねえちゃん・・・?」と聞こえたので、その声の方に顔を向けると不安そうな表情の子どもが車椅子に座っていた。 私はウォークマンを外し、しゃがんで「んっ?どうしたの?」と尋ねてみた。 その私の顔を正面から見ることとなったその子は、嬉しそうに「やっぱり、おねえちゃんだー!!」と、得意げにそばにいた母親に対して顔を上げた。
・・・で、私は(やっと^^;)思い出した! 以前、Vo活動をしていた子ども病院に入院をしていた子だった。 この乗換駅近くには、心身障害児のための施設がある。 私は学生の頃、車内からこのホームの案内板を見て施設の存在を知り、関心を持ち、 すぐに電話で見学を申し込み、その後Vo活動を4年程行った(我ながら、当時は‘即断力’や‘行動力’があったらしい!)。 そこで、一緒に歌を歌ったり、おもちゃで遊んだり、お散歩したりした子だった^^。 当時、常連(?)のVoは私しかいなかったので、私は名前ではなく「おねえちゃん」だけで通っていた (ちなみに・・・今も「おねえちゃん」で通している・・・まぁ、まだ(?!)20代前半なのでOKですよね・・・^^;?)。
それまでにも色々な短期Vo活動はしてきたけれど、長期Vo活動はこの施設が初めてだった。 その日限りや数回の関わりで終了する今までの短期とは異なり、 長期には短期にはない楽しさ・嬉しさ、苦しさ・むなしさなどがあることを数多く教わった。 実際に関わってみると、書物からでは得られないことばかりで、その1つ1つに無我夢中だった。 振り返れば、ここで得た経験は私のVo活動の基盤となっている。 なので、この子たちは私の‘先生’である^^!。
その後は、がん専門病院で3年程、そして今のホスピスでの活動が4年目に入った。 全て、自ら選んだステップアップ。 う〜ん・・・となると、そろそろ次のステップアップを・・・と思ってはいるものの、 学生の頃の‘即断力’や‘行動力’が嘘だったかのように、今の私には欠けている。 知らず知らずに‘冒険’よりも、‘安住の地’を求めているような気さえする・・・。
でも、自分のペースで自分なりのステップアップは続けていきたい。 それに、自分に合った既存のステップがない時は、自分で工作する気持ちもまだある(ないこともない^^;?)。
ただ、‘次のステップ’のために確実に言えることは、今の活動をおろそかにしないこと。 これが、次のステップへの‘切符’だと思う。 それを信じて、今はこのホスピスVo活動を大切に進んでいきたい、と思っている今日この頃・・・。 そんな時、偶然にも、かわいい‘先生’から久々に声を掛けてもらえて嬉しく感じた^^。
2001/06/23(土)
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[ Q&A:「Vo活動中のアクセサリーについて」 ]
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5/26付の「ビーズのヘアピン」を読んでくれた友達から質問を受けました。 内容は「Vo活動中も、ピアス(アクセサリー)は付けていてもいいの?」というもの。 もしかしたら、他にも同様の疑問を抱かれた方もいらっしゃるかな?と思って、HPに載せてみました。
基本的な回答としては、「Vo活動を妨げないアクセサリーはOK」だと思います。 妨げないと言うのは、利用者を傷つけたり、不快な思いをさせたりしないという意味です。 私は、普段指輪をしていますが、活動中は外します。DrやNsでも、結婚指輪をつけていることは多いので、これは別と考えて良いと思います。 ネックレスやピアス、ヘアアクセサリーなどは、例えば前屈みになる際(利用者の体位を変えるときなど)、 自分の体から離れて利用者の体に当たってしまったり、ジャラジャラ音がしたりというのはNGと思います。 もちろん、ちょっとしたアクセントにするなどは‘楽しむ’という意味でも私はOKと思っていますし、今までのVo活動で障害になったことはありません。 また、私は普段(夏)マニキュアも付けていますが、Vo活動日前夜には全て落とします。 以前、その話をした利用者(女性・50代)から「あら、面倒じゃない?構わないわよ。きれいな方がいいわ^^」と言って頂きましたが、 例えば極端な話、真っ赤なマニキュア(私は持っていませんケド・・・^^;)で食事介助をされるのは、嫌がる方も多いと思います。 「清潔感」は大切なので、私は薄い色でも一応全て落とすことにしています。
最後に香水ですが、これは全てものに対してNGと思った方がいいと思います。 中には、活動中にも時々付けてくるVoさんがいることも確かです。けれども、香水は本来‘良い香り’ですが、 体調や気分が優れない方にとっては‘辛い悪臭’に変わることを周囲が認識しておく必要があると思います。 利用者やご家族に会うまでは、その方の体調や気分が優れているのかいないのかは分からないですが、 優れていないことに気が付いてからすぐに落とせるものではありませんので、香水は最初から付けない方が無難だと思います。
* * * 私を知っている友達や知人からだけではなく、読者全体からの連絡(メール)を受け付けられるように、只今準備中です(アドレスは既に取得済み)。 ただ、以前もご紹介致しましたが、このHPは複数のメンバーで支えています。 メンバーはそれぞれ仕事を持っていたり、学生だったりで、その合間にこのVo活動をしている関係でHP更新も それぞれの手の空いたとき(時には・・・気が向いたとき(--;)?)に、更新されます。 更新したい気持ちはあっても作業的に追いつかない点も多々ありますが、ご理解を頂きながらお付き合いできれば(^^)と思っています。 どうぞ、よろしくお願いいたしますm(__)m。
2001/06/18(月)
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[ ビーズのヘアピン ]
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ホスピスを訪れる音楽Voの中には、洋楽器奏者や歌手では舞台用の立派なドレスやタキシードを着たり、和楽器奏者は和服を着たり、 ウクレレ奏者はハワイアンスタイルなど、各Voともそれぞれに似合った服装で耳だけではなく目でも楽しませてくれる人が多い。
私のVo服装は、Tシャツ・Gパン・スニーカーと、病院で用意されているVo用エプロン(うすい桃色orうすいグレー)。 同じ活動をしている他Voも大抵似たような服装をしている。中には、ロングスカートに薄いサンダルの人もいたから、 ここは特には決められていないのかな?(よく知らない・・・ごめんなさい)。 私のVo服装は動きやすいがモットー。利用者の方の体位を変えるもの、車椅子を押すのも、窓を拭くのも動きやすい方がいいし、 ミニスカートやかかとの高いミュールでは、相手も自分も怪我をする可能性が高くなってしまうから。
で、Tシャツは暗い色はなるべく避けて、優しい色や明るい色を選び、ヘアピンやピアスなどで季節感を出してみる。 例えばクリスマスには右耳に赤、左耳にはグリーンのピアス。母の日には真っ赤な花のヘアピン(直径1cmほどデス・・・あしからず^^;)など、 イベントの時は特にその雰囲気に近づけるように、見た人が楽しめるようにとコーディネートをしてみる。 今日は蒸し暑かったので、透明と水色ビーズで作られた小さなヘアピンを付けてみたら、 「あら、涼しそうで良いわね^^」とご家族の方に褒めて頂けた^^y
もちろん、とても小さなことなので(たぶん)気が付いてもらえないことの方が多いと思うけれども、それでも気にしない^^。 何回かに1回でも「あら、クリスマスカラーね!」とか「母の日だから、赤いカーネーションなのね!」とか楽しんでもえたら、それだけでOK! でもでも、実は一番楽しんでいるのは私かな? 毎週「今日はどれにしようかな♪」と鼻歌を歌いながら ヘアピン等を選んでいるのは、紛れもない証拠なのかも・・・^^;。
2001/05/26(土)
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[ 戸惑い ]
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女性利用者Yさん(70歳代)から「本当は今年はじめに(当時入院していた病院で)死ぬ予定だったのに、 ここ(ホスピス)に来てから、痛みをなくしてもらえたから生き延びちゃった。この人生もう飽きているのに・・・。 だってそうでしょう?80年近くも生きているのだからね。しかも、ここの人(スタッフ)は本当にいい人だし、 足が悪くて一人で歩けないから、死ぬに死ねないのよ・・・。」と話された。
たぶんYさんは、痛みから解放されたことやスタッフの親切には感謝をしつつも、足が不自由などにより 特に希望の持てない人生に対しては、自分が生きている意味に日々疑問を持っているのではないかと感じた。
ホスピスは(基本的に)本人が望まない治療や延命行為は行われない。 スタッフからの話では、Yさんも痛みが取り除かれたことで全身が楽になり、当初本人が予想をしていた‘寿命’を越えたのではないか、ということだった。 このような例は、スタッフからだけではなく、ご家族(含遺族)の方からも、「ほっとした」「ありがとう」という言葉とともに伺う機会が結構ある。 確かにふだんの生活の中で同じ風邪を引いていて体調が優れない時に、痛みが伴うか伴わないかで気分や行動範囲が変わってくる。 例えば、痛みが伴わない場合は、横になって体を休ませながら普段なかなか時間がとれない読書もできて、心身共に必要な休養をとる‘余裕’がある。 逆に痛みが伴うと好きなCDさえも聴く気にはなれず、痛みと戦い続けて精神的にも疲れてしまう。
しかしYさんの場合は、その戦って破れると予想していた痛みが取り除かれたことで、 自分の現状を見つめる時間を手にし、戸惑ってしまっているのではないだろうか。 しかも、伴侶には先立たれ、足の自由は利かない、そして自分の抱える病いなどマイナス面がやけに大きく目の前に現れ、 突然「現実」と向き合うことになった強い不安をも表情からも感じ取れた。
Yさんに限らずともこんな時、できる限り(もしくは、これ以上)心配を掛けさせたくない愛する家族や、 今後も世話になるだろうスタッフに代わり、情や利害関係の意識から比較的解放されたVoとの関わりに、 なにが求められ、なにができるのか・・・限られた時間の中で個々のニーズに合わせてこたえを出していく難しさを私は感じ続けている。
2001/05/19(土)
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[ * ご 連 絡 * ]
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*「考え中」で止まっていた、「イースター(4/14)」をやっとこさ掲載いたしました。宜しければ、少し戻ってお読みいただければと思います^^。 (ちなみに、時間がかかった理由は特にありません・・・^^;)
2001/05/15(火)
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[ 母の日 ]
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午後の音楽会に参加された女性利用者には、スタッフ(代表として男性Dr)から かわいいピンクのカーネーションを、「いつもありがとございます^^」と手渡された。 体調などから参加されなかった女性利用者へは、それぞれのお部屋(病室)にて手渡された。
母の日といえば・・・私はVo活動中に母に感謝することが意外と多い。 例えば、タオルを干す時やたたむ時。母は、私が幼稚園児だった頃から家事を教えていた。 洗濯物を干す時はただ干すのではなく、たたむ時を考えきちんとシワを伸ばすことはもちろん、 外を歩いている人からもきれいに見えるように全体的にも整えて干すこと。 たたむ時は、出し入れしやすいようにはもちろん、前から見ても横から見てもきちんと整頓されていることの必要性も ‘当たり前のこと’として教えられてきた。
正直、おおざっぱな性格の私としては、干してたためれば構わないのでは? シワは後でアイロンをかければ済むのでは?と思っていた時もある・・・(^^;)。 それが、Vo活動や仕事などでタオルやおしぼりを干したりたたんだりする時に、 初めて母の躾(しつけ)の意味を知ることとなった。 それは、家庭でついた癖や習慣は無意識に外界でも出てしまうとのだと知ったとき・・・。 数人のVoさんや同僚と同じ作業を行っていても、意外とこの‘当たり前のこと’ができない人が多いことに驚いた。 ただ干されて乾いたタオルはたたみづらい。ただ重ねられて仕舞われたタオルは見た目が悪い。 もちろん、これらを気にしない人もいる。でも反対に気にされる人もいることを忘れてはいけない。 例えば、頼まれた洗濯物をお持ちするときに、ごわごわで不揃いの洗濯物よりも、 シワが伸ばされ端が揃えられた洗濯物の方が、渡す側も渡される側も気持ちが良いはず^^。
共同生活や社会に出たときに役立つように、恥をかかないように、 そして相手の気持ちへも配慮できるようにと、躾てくれた母。 ときに面倒だなぁ・・・と心の中で感じたこともある(ごめんなさい・・・^^;)。 でも家庭から一歩外に出たときに、その母のおかげで今の自分がいられるのだと、気が付くことができた。 なので今日、私も母に伝えてみることにした・・・‘あ・り・が・と・う’って^^!。
2001/05/12(土)
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[ 検索ランキング ]
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ある有名な検索サイトから「ホスピスボランティア」を検索すると、 このHPが7位(97%)でヒットされることを、友人が教えてくれた。 各検索サイトによって、登録順やヒット更新順などでランキングされるが、 冒頭の検索サイトは過去のヒット数でランキングされるらしい。 よって、「ホスピスボランティア」で検索をかけて、ヒットしたサイトリストから、より関心を持ったサイトをユーザが選択する。 その選ばれた回数が多ければ多いほど%が上がり、順位も上がる仕組みとなる。
私がこのホスピスVo日誌を掲載するまでには、いろいろな人の後押しがあった。 私にあるのは、ホスピスでVo活動をしているという事実のみ。 しかし、そのVo活動をWeb公開する自信もなければ、人に伝える文章力への自信もない。しかも連載。 幼い頃から何度か‘日記帳’を購入した覚えはあっても、長続きした覚えは1つもない・・・。 ということで、自分の文章をWebに連載する気持ちなんて全く持っていなかった。
そんな私が、今こうして細々とでも‘連載’を繋いでこられたのは、HP立ち上げより1年以上も前から 「こんな企画はどう?良いと思うよ」と提案し続けてくれた人。 文章に自信がないという私に、「普段の(メールのやりとりの)ままでいいんだよ」と優しく声をかけてくれた人。 イメージが湧きやすいように、仮HPを作成してそっと背中を押してくれた人。 HPを訪れ「他へ紹介をしていいですか?」、「‘ホスピス’へのイメージがポジティブに変わりました」、 「実際のVo活動って色々あって大変そうだけど、面白そう!」などと声(感想)を寄せてくれる人々、 そして忙しい中HP調整をしてくれる人など、本当にたくさんの素敵な人たちから常に支えられてきたからだと、心から感謝している。 そして、もちろん日誌の‘舞台’となるホスピス病棟でVo活動が続けられるのは、 利用者、家族、Voを含むスタッフの人たちとの出会いと理解も欠かせない。 ・・・これらの気持ちを、忘れたことはないつもり。なので、‘連載’ができているとも思う。 ただ今回の様に、実際に‘数値’として「(途中)結果」が現れていたことは、まだ十分な自信には至らない私にとって、 1つの新しい励みとなったのは確かだ。
今後のことはわからないけれども、できる限りはこのHPに訪れて下さる人(実は、海外からもアクセスがあることもうれしい!!)や、 遠くから温かく見守ってくれている人、実際に支援をして下さる人、 一緒に歩いている仲間たち、そしてもちろん自分自身のためにも、楽しく続けていければと願っている。 ・・・ということで、皆サマ、とっても感謝しておりマスm(__)m。 そして、どうぞ今後ともヨロシク^^!
2001/04/28(土)
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